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***Honeyholic***

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アレキサンドライト【R-18】

まるで娼婦のような奴だ、などと蔑まれていた声は潜められて久しい。
同性相手に股を開き、その欲望を腹の中へぶちまけられる代わりに身の安泰を得るような、そんな男なのだと彼が聞こえよがしに言葉を投げつけられていたのはほんの数週間前のことだった。

樹脂タイルの床に何度となく打ち倒されてもなお、這いつくばるようにして見上げ射抜かんとする新緑の双眸を悪くないとリューネブルクは思っていた。
訓練終了後、時間を超過してまで連隊長直々に稽古をつけられる男の噂は中隊の垣根を越えてまことしやかに広まっている。
当初は傍目からしたら赤子を殴るかのような一方的な暴力に見えたそれも、今では乾坤一擲、圧倒的な力量差の中ではあるがきらり光る瞬間が垣間見られるまでになっている。
今日とて例外ではなく、既に体力の限界は突破しているであろうに、何度膝をついても立ち上がろうとする男に口の端をさも愉快そうに持ち上げたリューネブルクが引導を渡す。
プロテクターの上からとは言え、強かに打ちすえられた衝撃に呼吸が詰まり、ひしゃげた呻き声がピリオドがわりとなる。

「フン、手応えの無い。俺は愛玩犬などには興味はないぞ」
興味がない、とのその言葉通りにリューネブルクは男を打ち捨てるかのように立ち去ろうとする。
「シェーンコップよ、今宵は貴様があれの世話をしろ」
すれ違い様告げられた言葉にシェーンコップは諾を返すことしかできなかった。腹のなかは明確な感情が煮えたぎっているというのに。
「不服か?貴様の部下だろう、それとも外出をキャンセルして久方ぶりに貴様のことを可愛がってやろうか」
号令が掛かったわけでもないのにテン・ハットの姿勢のまま崩せない。立ち去り際、手の甲で頬を撫でられれば冷たく嫌な汗がじっとりと背中の中央を伝った。

「嘔吐したら必ずうがいをしろ。胃酸で歯が無くなるぞ」
長い長い時間をかけて、暫しトイレの住人だった部下がふらつく身体を壁伝いに支えながら顔を見せたので、シェーンコップは水のボトルを手渡した。
「それが終わったらこっちだ。水分補給しろ」
素直に咥内を漱ぎタオルで顔を拭くリンツに次いでイオン飲料のボトルを渡してやる。
「……すみません」
「今日はまた随分と派手にやられたな」
「あぁ……連隊長のお気に障ることでもあったんでしょうよ」
飲料ボトルに口を付けグビリグビリと一息にあらかたを飲み干し、部下の男はようやく人心地ついたようだ。水分補給をしたおかげで一気に汗が吹き出すのが見てとれた。

シャワーを貸してやるだとかなんとかどうにもみっともない理由をつけて部屋に誘い入れた。
結果として上官の言に従うことになったのはどうにもシェーンコップの腑に落ちなかったが、純粋に彼に興味があったからだ。
生き残るために矜持を捨てろ、そんな耳障りのいい言葉で最低のハラスメントを受け入れさせたことに対する彼の本心を知りたかったなどという下衆な気持ちが勝ったのだ。

男にしてはやや長いシャワータイムの間、シェーンコップは何一つ考えることが出来なかった。馴染みのウィスキーですら味など無かった。
ただ、シャワー室から出てきた部下が一糸纏わぬ姿だったから、差し伸べられた手が思いの外温かかったから。
常の彼が夜毎愛をささやく花々にそうするように、その唇にシェーンコップが顔を寄せれば、ふいと逸らされる。
「お止めください、情人でもあるまいし」
きゅっと僅かに口角を上げてそう告げる瞳の底に色は無い。
親指を除いた4つの指の腹を滑らせた背筋から腸腰筋、伝わる感触は数週間前の記憶と齟齬をきたす。
無駄の無いしなやかな体躯は未完成ながら一流の兵士の其に近く、それでいて同性でありながら性的欲求を揺さぶるいやらしさを併せ持っていた。
目の前の男を作り変えてしまったのはかの上官である、との現実に臓腑の底に飲み下した思いは件の上官の嗜む紫煙よりもなお苦くシェーンコップの喉奥を焼いた。

軍服の折り目、爪先まで磨かれた軍靴、美しく丸く整えられた爪、皆、リューネブルクの好みに相違ない。教育というよりは調教と言うべきか、自身にも記憶のあることだ。
夕刻になってもまだプレスの名残が残る陸戦服のジャケットを無言のうちにリンツが床へ落とすと、身体にフイットした白いアンダーシャツの上からでもわかるほどに胸の尖りが存在を主張している。

下着のウエスト部分から手を差し入れて探れば、ふくりと腫れぼったく柔らかな其処が触れる。そこに指先を押し当てれば女の秘唇のようにひくりと震えとろりと愛液さえ漏らしてみせた。
「おまえさんいつもこんなことまで」
強いられているのかと、男性の排泄器官にあり得ない違和感に思わず問いが口をついてしまった。
「上官殿のお手を煩わすまでもないでしょう」
と悪びれもせず、むしろシェーンコップを挑発するかのように自らの唇をチロリと舐めるリンツの仕草にぐわりと腹の底が煮えた。
矜持がどうの、どころの話ではない。
彼という人間をあいつにだけは渡してなるか、彼の初めての男となることを渡してなるか、とその冥い欲望に流されるままにシェーンコップが無垢だった部下の身体を拓いたのはたった数週間前の出来事だ。
己に組み敷かれて、男でありながら同じ男にその身のうちを暴かれる恐怖に身体を強張らせ「おまえに殺されてやる」とさえ言い放った彼になにがあったというのだろうか、毎日のように顔を付き合わせる部下がなんだか急に得体の知れぬ怪物のように思えた。

じゅぽりじゅぽり、と水音が鼓膜を震わせる。
唇に反して厚みのある舌の中心を窪ませるようにしてシェーンコップの砲身に添わせて喉奥にまでに引き込む姿に、無遠慮にもさらにずっしりと充血を増す局部と、それに反比例するかのようにザァと音をたてて脳の芯が冷えていくのを感じていた。
「おい、こんな真似はよせ」
見ちゃいられないとばかりにシェーンコップが股間に顔を埋めるリンツの長めのブロンドを掴んで引き剥がすと閉じきらない唇の端から銀の糸が伝った。
「……こんなまね?」
ここはこんなにも欲しているのに、なぜ、理解できない、とばかりに首を傾げる部下に続ける。
「それもリューネブルクの薫陶か?」
苦虫を数百匹まとめて噛み潰したような不快感がシェーンコップの身の内を焼く。
「……おっしゃる意味がわかりません」
「リンツ、おまえさんにも矜持ってものがあるだろう?おまえさんはリューネブルクの奴隷じゃない」
ブルーグリーンの瞳を瞬かせてリンツが小首を傾げる。
「おかしなことを仰る」
「なにがおかしい」
彼に罪はないことは理解していても険があるのはどうにもならない。
「リューネブルク連隊長は俺に興味なんて無いんですよ」
「馬鹿を言え」
こんなにも執着しているというのに。
「あぁ、言い換えましょう。中隊長、貴方のものである俺に興味がおありなんですよ」
リューネブルクが自分を通り越してその向こう側にいるシェーンコップを見ていることにリンツが気付いたのはいつだったか。
抱かれているときでさえリューネブルクの視線は自分をすり抜けシェーンコップに注がれていた。彼の気に障るような場所に痕跡を残し、彼の視界の範囲内で自分に構うのだ。
「それに、これらすべて、あなたがたが俺に望んだことじゃないですか」
誘うようにシェーンコップの手を取り、熱を持ち潤んだ其処へ導く。
「それとも俺にこれ以上、恥を重ねろと仰いますか?」

生来の象牙色の肌に打ちすえられた内出血の花が咲いている。古いもの、新しいもの、なぜだかそれが痛々しくではなく艶やかに見える。
そのひとつひとつを唇で辿り塗り潰すかのように新たなる花を咲かせていく。
刺激に震え、跳ねる筋肉の鎧を纏った堅牢な身体、しかし内は熱く柔らかく、そんなことはありえないのに、柔襞はその為に存在するかのように妖しく蠢く。心地好い締め付けと温みとに強かに酩酊した。

熱が去り、薄いゴムの皮膜越しに射精された精液がきちんと整えられた指先で弄ばれてたぷりと揺らめく。
「こんなことで世界は壊れやしないと俺に説いたのは貴方なのに」
まったく可笑しな話ですね、と男が微笑む。
彼の心の底を見透かすことは叶わず、ただ、ブルーグリーンの奥に底知れぬ闇の深さのみを感じた。

後日、呼び出された連隊長室、デスクの前に直立するシェーンコップを自身は着席してるというのに何故か見下ろすような尊大さを以てリューネブルクが口を開く。
「シェーンコップ、青二才よ。あれの眼を見たことがあるか?」
「眼、ですか」
あぁ、まただ、シェーンコップの臓腑でくつりと煮えるものがある。気に食わない、リューネブルクの絶対的支配者の様が。
「そうだ。貴様、あれの赤い眼を見たことがあるかと訊いている」
何を言っているのだろうか、リンツの瞳は青緑色に相違ない。この上官が色覚に障碍があると云う話はついぞ聴いたことがないが、だとしたら、何かの比喩であろうか。
表情を殺した仮面の下、シェーンコップはありとあらゆる思考を巡らせる。知力でこの上官に勝るとは言えずとも劣るとは思いたくもない。
「では昼のエメラルド、夜のルビーを知っているか」
この上官とのやり取りはいつもまるで口頭試問の様でひどく消耗する。
「……アレキサンドライト。…ですが、しかし」
人間の瞳でその様なことがあるわけがない。アレキサンドライトはそれに含まれるクロムや鉄によって光の吸収、反射が起こるために変色して見えるのだ。生身の人間の虹彩ではあり得ない。
「フン、貴様も何れ分かる。あれは血色の眼をしている」
もっとも貴様の目が節穴ならその価値には一生気づくまいよ、と言い添えて。まったくいちいち癪に障ることをいう男だ。
「シェーンコップよ、賢くあれ。俺と来い」

あんたになにがわかるというのか、あんたにとっては輝石も路傍の石も同じ石だろう、ただあんたの足下にある為だけの。
感情が腹の底をぐるぐると渦巻き煮えたぎってシェーンコップの臓腑を焼きつづけている。
首輪を嵌められ鎖に繋がれたリューネブルクの飼い犬、そんなもので終わるつもりはない。だが、悔しいかな、師と呼んでやるつもりはないが、リューネブルクはベターな上官ではあった。

「浅学の身には上官殿のご真意は解りかねますな」
精々背後には気を付けることだ、とは言ってやる義理もなかろう、シェーンコップはそう言って敬礼ひとつ残し場を辞した。

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